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2017-10-12

映画「君の名は」で一躍有名に!
江戸時代からの伝統が息づく岐阜・飛騨高山

ユネスコ無形文化遺産に登録された高山祭の屋台行事

飛騨高山に住む人だから味わえる伝統文化の担い手という誇りと安心感

伝統が息づく、飛騨高山の古い町並

岐阜県北部、高い山々に囲まれ、近年映画「君の名は」の舞台に取り上げられ話題となった飛騨地方。中でも飛騨高山は、江戸時代からの面影を残す三町伝統的建造物群保存地区や高山陣屋、また国の重要有形民俗文化財・重要無形民俗文化財に指定される高山祭などの観光名所で人が賑わいます。
もともと飛騨高山の街が整備されたのは天正14年(1586年)、豊臣秀吉の家臣・金森長近が飛騨国主となり城と城下町を構えたのが始まりと言われています。金森氏の統治後は幕府直轄地(天領)となり、金沢藩主が番を命じられ、城は取り壊されました。その頃に政治が行われていた高山陣屋は国内で唯一現存する陣屋で、今では飛騨高山の観光名所のひとつです。
その高山陣屋からほど近く、宮川を渡り歩くと、伝統的建造物群保存地区の「古い町並」があります。“小さな京都”とも呼ばれる町並は、出格子が連なる町屋形式の家が立ち並び、用水が流れ、古くからの姿をそのままに味わえます。日中はたくさんの観光客で賑わいますが、日が沈んだ夕暮れ頃には観光客は宿へ帰り、そこに営む人々は店を片付け、町の子どもたちが帰宅し、凛とした町の佇まいが舞い戻ります。そこがまた趣深い飛騨高山の魅力。夜の静けさと、電灯の黄色い明かりが、どこか懐かしく、心を落ち着かせるのです。

商人町として発達した三筋の町並みを合わせて「古い町並」と呼ぶ
インバウンドに成功し、多くの外国人観光客が訪れる

江戸時代から続く「宮川朝市」「陣屋朝市」
地元農家の方などが野菜や果物、漬物、餅など手作りの品を並べる
おばちゃんたちとの会話で飛騨の方言も楽しめる。

飛騨高山は8月7日が七夕祭り。真夏の盛りでも、朝晩は涼しく、過ごしやすいのが高山の魅力のひとつ

心から心へ受け継がれる祭り

飛騨高山といえば、日本三大美祭りに数えられる高山祭り、春の「山王祭」と秋の「八幡祭」があります。その起源は金森氏の時代と言われ、豪華絢爛な屋台の曳き揃えや、からくり人形の奉納、数百名に及ぶ祭り行列が祭り地域を賑わします。観光客からの人気も高いのですが、この祭りはそこに住む人々にとっても大変重要なイベントです。祭りの日、学校は休校で、屋台をもつ地区の大人は神事を行い準備し、子どもたちもそれぞれにお囃子を奏で、獅子舞隊は舞い踊り、役を担います。昼には、「カンカコカン」と言われる祭りの音を聞くと地域の子どもたちが集まり、小さな子どもたちは獅子舞に怯えながらもついて周りお囃子と踊りを真似て歩きます。夜の祭りでは親戚や親しい友たちがそれぞれの家を周り、祭り料理を食べ、屋台の揺れる明かりを眺めながら曳き別れのうた「高い山から」を唄い、祭りの夜の余韻を楽しむ。年に2回の祭りが、高山に住む人々の心の礎となり、誇りとなっているのが国の重要有形民俗文化財・重要無形民俗文化財に指定される所以ともいえます。 人の手で脈々と受け継がれていく高山祭り。観光化が進んで少しずつ町の様相も変わりつつあっても、この高山に住む人々の昔ながらの人付き合いと暖かさは今も変わりません。「あれ、マメなかな(高山の方言で“元気かい?”の意味)」という飛騨高山のおばちゃんたちの声に安堵を感じる暮らしが、ここにありそうです。

獅子舞や屋台が高山の町を練り歩く

祭りの千秋楽は、屋台が勢揃いして、それぞれの屋台蔵へと曳き別れていく

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