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2017-07-25

case study of NEXT BEACH “青島ビーチパーク”
スケボー、読書、コーヒー。「泳がない」海が、1,128の日本の海岸を豊かにする

ハードが成熟したいま、付加価値はソフトがつくる。住空間の新しい価値を考えるハウスコープの、次なるターゲットは「ビーチ」!? 居場所、空間のリデザインが必要とされる場所を求めて「家」を飛び出すと、その目に飛び込んできた日本に1,128もある「浜(ビーチ)」。様々な規制や条件はもちろん、季節にも縛られてきた場所だ。さて、この空間に付加価値を生み出すには?と思考を重ねていると、ある場所にたどり着く。宮崎県宮崎市青島にある「青島ビーチパーク」だ。空間はもちろん、そこに流れる空気、そしてつくりあげた人の考え方の違いすら明確に感じとれる場所。訪れた人の過ごし方を自然と変えてしまう、「ネクスト・ビーチ」が、そこにはある。この空間をつくり出した、人、ストーリー、そして今後について聞いてみた。

「青島ビーチパーク」。宮崎県宮崎市青島に2015年に誕生した、「ビーチパーク」。分かりやすいジャンルで紹介しようにも、その場を正確に表現する言葉がまだない。60代以上の読者には、「青島」は懐かしい響きのする場所かもしれない。1960年代には新婚旅行のメッカとして、若い夫婦が殺到した観光地だった。そんな場所が50年の時を経て、ショッピングや食事を楽しむ人、読書をする人からゆるりと砂浜でヨガを楽しむ人まで−−。ハネムーンという非日常を演出した場所は、日常の中で時間を肩肘はらずに過ごせる場所に変わった。

海水浴場としての歴史だけを見れば、そんな真逆の提案が、かつての来場者20万人に近づく数字を残した。一時は7万人まで激減したところからの復活劇には、なにを起こしたのか。また、都内近郊にいると夏場に目にする、新しい「海の家」--。大手スポンサーの出店や、おしゃれなデザインと音楽が流れる空間。しかし「青島ビーチパーク」は、一見新しく、かっこいいだけの空間をつくったのではない。その仕組みや、骨太なコンセプトとは?

「日常に海を感じられる居心地のいい空間」を目指す、だれもが自由に過ごす空間。

青島ビーチパーク(提供:AOSHIMA BEACH PARK 2017)

amidus:青島ビーチパークを見ていて率直に感じることは、人の過ごしている姿がまったく他の海と違うことです。これは目指された空間なのでしょうか。

臼本:ビーチパークで目指してきたのは、食事ができて人が集まる「フードコート」をつくりたいわけではなかったんです。この二年間で、ロングカウンターでビールを傾ける大人、スケボーでやってきて本を読んでいる人、そして、この何にも代えがたいサンセット。これは、青島でないとできない景色です。こういう楽しみ方を、日常の中で楽しみたい人に集まってほしい、というのが僕らの目指していた姿です。ビーチパークの変わらないコンセプトは、「日常に海を感じられる居心地のいい空間」です。

ローカルスケーター(提供:AOSHIMA BEACH PARK 2017)

amidus:ビーチにスケボーいいですよね。

臼本:スケボーで登場したこちらの方、夕方サーフィンした後なんですよ。家に帰ってシャワーを浴びて、ビーチで本を読むなんて最高ですよ。

夕景と多様な時間(提供:AOSHIMA BEACH PARK 2017)

ビーチに若い女の子のグループがいて、世代の違う子どもたちが走り回っていて、年配のご夫婦が手をつないで散歩している。同じ絵を切り取っても、いろんな人たちが各々のビーチの楽しみ方を、それぞれの時間で楽しんでいるというのが理想形だと思っています。これは、一過性のイベントでやるとできないんです。日常の中に溶け込んでないと、こういうさまざまな自由な時間の過ごし方はできないんです。いつまでも、いつでもここに居たいと思えるような雰囲気が重要だと思っています。
これってハードを整備するだけじゃ実現し得ない世界なんですよ。ソフトやカルチャーを醸し出していく人が介在していないと。

amidus:まったく同感です。住宅とかインテリア、つまりハードを生業としてきた企業が、ライフスタイルとかソフトに重きを置いたプロジェクトにニーズを感じている。ハードが成熟したいま、価値とはハードではない、と強く感じています。ソフトとかカルチャーなど、目に見えない部分が重なっていくと人が集まり、会話が生まれる。ネクストビーチフェスではそんなストーリーをつくりたいと考えています。続いて、このような空間はいかに生まれたのかを教えてください。

市役所的リーンスタートアップ 「青島ビーチ魅力アップ事業」から、すべては始まった。

臼本:青島ビーチパークの事業主体は「渚の交番青島プロジェクト実行委員会(以下、「渚の交番」)と言いまして、観光協会とライフセービングクラブの共同体です。こちらが「渚の交番」の廣見さんです。

廣見:私どもは市役所と密接なパートナーシップの中で運営をしており、財政的な部分のサポートや法制度上の問題を一緒にクリアしています。
「渚の交番」というのは、日本で初めて誕生した365日ライフセーバーが常駐している場所です。海の安全を守るところとして7年前に出来ました。日本財団さんからご支援もいただいて実現しました。ここのライフセービングクラブの藤田が、由比ガ浜(神奈川)でライフセーバーをやっていて、オーストラリアのボンダイビーチのノウハウを宮崎にもってきたんです。彼が「青島ビーチパーク」のキーパーソンです。また、もう一人欠かせないキーパーソンが、統括ディレクターを担っていただいている宮原さんの存在があります。

amidus:こうやってスペシャリストが集まったきっかけは?

臼本:それはもう奇跡的なタイミングでした。4月に事業が立ち上がってその年の7月にスタートをする、というタイトなスケジュールのなかで導かれるように集まってきました。

amidus:どんな最初だったのでしょうか。

臼本:青島は、2014年の海水浴場の来場者が7万人。10年間ほどアベレ-ジ17万人くらいだったんです。実はこの年、台風が週末毎に連続であたったんです。天候の影響が大きかったものの、我々はこのことを真剣にとらえました。青島ビーチが危機的だと。その時に宮崎市出身で活躍されている熊本浩志さんが宮崎市経営戦略アドバイザーとしていらっしゃいました。「まずは青島からブランディングをするために、可動性のあるコンテナを置くかたちでやってみてはどうか」というアドバイスもいただきました。いきなりインフラやハードを整備するのではなくて、「コンテナでやる」というアイデアを聞いて、私どもも「確かにそうだな」と納得しました。 それで2015年の新規事業で『青島ビーチ魅力アップ事業』というカタい名前の事業を立ち上げました。その時は熊本さんのアイデアをそのまま受けて、物置のようなコンテナを浜辺に5個並べるような発想でいました。でもそこで「お客さんのニーズはそこじゃないでしょ」と、藤田さんと宮原さんの二人が明確なビジョンをもっていました。

居心地の良い空間に導いた、骨太ライフセーバーのビジョン。

渚の交番藤田氏(写真提供:藤田氏)

amidus:そのビジョンとは? 藤田さんは、なぜそのビジョンをもっていたのでしょう。

臼本:藤田さんは、海水浴場来場者7万人という数字に真剣に向き合っていました。これまで、海の安全を守ることがミッションでやり続けてきていたけれど、もっと高い目標をもっていました。海外のライフセーバーというのは、それで給料をもらったり、「かっこいい」と憧れの対象だったりするカルチャーがオーストラリアにある。それを目指したいというビジョンを持っていたんです。安心安全ともう1段階アップしたい。
そして、「ビーチって、海パン(水着)を持って泳ぐことが日本的な楽しみだったけれど、それだけではない。おしゃれな服を着て歩いてるだけでもいいじゃないか!」ということを、藤田さんは言い続けていたんです。海水浴場として海をとらえると夏しか人が来ない。今でこそ、ビーチパークは春先からやっています。泳ぐだけではないですから。藤田さんは、そういうカルチャーを知っていたんです。ディレクターの宮原さんも、カルフォルニアではビーチはそういうものだと知っていたんです。知らなかったのは私たち市役所(笑)。
なので、私たちが物置を5個並べようとしたときに、「いやいやそうじゃないです!」と。「もうすこし公園の方(内陸側)にコンテナはセットバックして、来場いただいた人に海側の空間を楽しめるように。」と。

いくつもの価値が同時に体験できる空間が出現した、青島ならではの魂。

そのビジョンに基づいて、コンテナのデザインや配置、そこに引き込む給排水、電気、周辺のアレンジメントをガンガン詰めて、設計が整ったのが6月。4月にやろうって始めて、2か月でした。
空間のビジョンだけでなく、「渚の交番」という施設、ライフセーバーという存在が青島のとても大切な部分なんです。オープン後もライフセーバーのさまざまなプロジェクトとビーチパークを一緒に発信しました。これがかなり重要なことで。

「お母さんたちがライフセーバーと一緒に成長する子どもたちを見ながら、コーヒーを飲める」ようになると、一気に体験が二つ三つと増えるんです。ライフセーバーがいて、食事があって、空間があって、といったように来場者が体験する価値を重ねていく。これが青島の特徴なのかなと。『安全安心なビーチ』という根本的な流れがそもそもあって、そこに体験価値を重ねていく。

2年目にはビーチパーク単体で14万人! 市民が熱望した期間延長で、コンセプトがより明確に。

amidus:ビーチパーク始まってからどのように変化していったのですか。

臼本:こうして始まり、1年目は海水浴場の来場者が7万人から17万人に。青島ビーチパーク単体で5.5万人。翌年は、期間の終わりは一緒なんですけど、スタートを変えました。2カ月間、期間を伸ばしていて、海水浴場が23万人で、ビーチパーク単体で14万人となってます。初年度は、まず7月から8月末までの予定だったんです。「海水浴場のお客様の利便性向上のため」という目的でスタートしたのですが、新聞、テレビやラジオで市民の皆様が、「青島ビーチパークが夏で終わるのはもったいない」というコメントをたくさんいただきました。その声を受けて、出店者の皆さんとも話して「1カ月延ばしてみよう」と延長しました。
そして2年目はスタートを早くしたんです。梅雨のところで、青島全体の来場者って落ちるんですが、とにかくやってみよう、ということでトライアルしてみました。結果、海水浴場来場者は23万人。これはここ10年で最高だったんです。天候がよかった、という幸運もありましたが(笑)。

他のビーチにはない空気感をつくりあげた理由とは?

amidus:夏場の2カ月に海水浴だけだった「浜」が、体験が異なるビーチパークの出現によって楽しめる期間も延びた。しかも民意で。「海パンだけが海の楽しみ方ではない」というコンセプトが、期間を延ばし、結果、来場客数も大幅に伸ばしたということですね。お話しを伺っていると、「渚の交番」が大切な役割を果たしていることでしょうか。

臼本:そうですね。構造として、市役所はどちらかというと黒子です。事業主体の「渚の交番」に予算と権限を託して、「渚の交番」が、ビーチパークのコンセプトや店舗の募集、体験づくりなどすべての中心になっている。

amidus:さきほどのお話からいうと、ライフセーバーは海を守りたいし、海にもっと人が来てほしいというのが大きいから動いていた。外部の人が「地方創生が云々」という話になって、儲けるためにやりたいとなってくると、形が変わってしまう。地元のライフセーバーの人たちの想いが大きかったということですね。

臼本:そうだと思います。他の海水浴場がいい悪いではなく、わたしたちは、「渚の交番」を中心に作り上げていきたいと思っていました。安全安心なビーチが実現できて、その上に新しい取り組みが実現できる。

amidus:私も他の「おしゃれ海の家」的な、商業ベースの空間を見るに、仕立てはおしゃれなんですが「根付く」というイメージではないと感じています。青島ビーチパークでは、やはり地元の人がやりたいって思うのは大きいんだと思います。

臼本:藤田さんがずっと言っていたのは、「稼げるライフセーバーを作りたい」。ライフセービングだけでは、海水浴場でしかお金が発生しない。けれどビーチパークをやることで、出店のロイヤリティをもらうとか、人が増えればコインロッカーやシャワーを使う人が増えるとか、稼ぐ機会を増やすことができる。お金を生み出す努力というのを、ライフセーバー自身がしないといけないと藤田さんはずっと考えていたんです。日本の制度としてライフセーバーを公務員とはしていない。給与を出して雇用する文化がまだないから、いくら「オーストラリアみたいになりたいんだ」と言っても国レベルを動かさないといけない。そうではなくて、「自分たちのできる領域のなかで、いかにお金を生み出すことができるか」という考え方が、すごく先駆的だと思いましたし、共感しました。たくさんの汗をかいた準備期間や、苦労もあったのですが--(苦笑)。

意見の違いを乗り越え、ビーチの収益確保とブランディングに。

amidus:民間の立場で、橋口さんは「もっとこうしたい!」というようなところはあったりしますか? こうなったらいいな、というビジョンなどもあれば教えてください。

橋口:先ほども何回か出ましたが、「渚の交番」や市役所が黒子になってくれていて、やりたいことはやらせてくれます。「責任はとる」というスタンスで主催者がいるので、思い切って提案もできます。要所要所をきちんとしめてくれるんです。出来ないことは出来ない、とちゃんと言ってくれもします。「こういう風にしたらできるから」という提案ももらえるので、「何もできない」とはならないです。素晴らしいことだと思っています。

amidus:意見が合わないこともあるんですか?

臼本:ありますよ。オープン前にも何回も話し合いましたし、相容れない部分も感じました。でも、お互い目指している方向が一緒なのだから、ときには意見を戦わせた方がいいと思っています。

amidus:そのような流れでいうと、新しいプロジェクトでの関わる方との意見調整や、運営での苦労などもありますよね。こういった場所をビジネスとして回していくうえでも同じような苦労があるのでは?

廣見:例えば、日影不足解消のために作ったシェードボックスなどはエリア全体の収益になるんです。昨年は3,000円で1日貸していたんです。今年は1時間500円で貸しているんですけど、これが回転するんです。※夏季は2時間3,000円。
青島ビーチパークは当然、宮崎市が関わっている事業で、インフラの整備に補助金を使っています。それはイコール市民の貴重な税金です。なので、現場でどうやってお金を生みだそうかと考える。すると、シェードのレンタルサービスみたいなものが収益源になります。去年はこの収益を、芝生を植える財源に充てたりとか、テーブルを作り直したりとか。フラッグをやり直したり、と環境整備に再投資しています。ここで稼いだお金はここに再投資する、という流れを去年からやっているんです。

臼本:そんなかたちで回している場づくりは、宮崎県建築士会の皆さんとやっています。パッと見、おしゃれな空間とは程遠い現場がありますが、でも、こういう裏方が実は青島ビーチパークをつくってるんです。地元の建築士会の方と、「渚の交番」、市役所の担当者やボランティア、サポートで地元の漁協の方も来ているわけです。地元の協力を全面に借りてるのが、青島ビーチパークの特徴だったりします。

目指していた楽しみ方をする人たちと、青島のこれから。

amidus:ふと気付いたのですが、ゴミがいっぱい出ると思うのですが、あまり捨てられてないように見えるんです。これは皆さんの努力によってできているのか、捨てづらい空気があるのか、そういう循環があるのかな、と思っていますがいかがでしょうか。

臼本:そうですね。他のビーチを最近みてないから何とも言えませんが、ここのお客様はマナーが良いです。

amidus:それは、この雰囲気があるからなのでしょうか?

臼本:1年目はゴミ箱をパークの真ん中に置いていたんですよ。周りの目があるから、無下にしない。あとは、ライフセーバーの方々が毎朝綺麗にしてくれています。

amidus:かき氷のストロー5本くらい落ちていたんです。すると、通りがかりの男性が5本普通に拾って捨てたんです。スタッフさんなのか地元の人なのか分からないくらいな自然な感じで、すごいですね。

amidus:カメラで撮影しながら来場者の方に声をかけていたんですけど、地元の人が多いですね。若い方も地元の人が多いですか?

臼本:この時期はそうですね。

橋口:お盆の時期で、地元と県外からとで半々くらいになります。

amidus:確かに梅雨時期に「海に行こう!」と、とくに県外からの方が思わないかもしれませんね。平日のお客さまはどのようですか?

橋口:午後からいらっしゃって、14時から15時くらいで落ち着く感じです。

臼本:ほぼ県内の方々ですね。あと平日のなかだと月曜日と火曜日が多いですね。

橋口:美容師さんやアパレルの方が、月曜日は多いように感じます。

臼本:金曜日になると、海外のお客様がホテルに宿泊されてますね。

amidus:サーフィンのためいらっしゃってるのでしょうか。

臼本:いえ、家族でお散歩してビールを飲んだり、お食事をされていますね。素敵な光景ですよ。

amidus:宮崎全体でいうと、海外からの旅行者の目的はサーフィンが多いのですか?

臼本:サーフィンはそれほど多くないです。基本的には名所の観光です。80%がアジアの方ですね。

amidus:常連というか、恒常的に使われている人たちはどのくらいいるのでしょうか。

臼本:増えてきていますね、間違いなく。

amidus:毎日はないでしょうけど、日常的にここでご飯を食べて、ゆっくりとボーっとする。

橋口:毎日来ている海外の方がいます。ロングカウンターにずっといる。店舗の方に移動して2・3杯飲んで、こちらが「グッモーニング!」と言ったら、「おはよ」と返されました(笑)。

amidus:海外の人たちも「青島ビーチパーク」のスタイルを知っていて、言葉というより肌で感じていて、「そんな場所になると良いな」というのを分かってくれていますね。

amidus:やりたいけれど、まだ出来ていないことはありますか?

臼本:いっぱいあります。もっと長期で営業できるようにしたり。

橋口:運営という立場でいうと、二階建てのオシャレなコンテナとか、ビーチカルチャーを発信するイベントがやりたいと思っています。

amidus:まだまだ、これからも理想の姿を目指して、一つ一つ確実に成果を積み上げ、周りの地元の人たちと共につくり上げていく姿と意思が見えました。

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