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2017-10-02

アメリカからの突然の電話が個展のきっかけ!?
ペインターMHAK インタビュー前編

SAHRE on

MHAK(マーク)
1981年會津若松生まれ。ペインター。デザイナーズ家具や内装、様々な空間に影響を受けたことから絵画をインテリアの一部として捉え、「生活空間との共存」をテーマに内装壁画をメインとした制作活動を行う。独特なスタイルで個人邸やホテルなど数々の内装壁画を手掛ける一方、生活空間と共存するパネル作品の制作活動も行い、これまでにアメリカ、アルゼンチン、オーストラリア、ミラノ、北京で作品を発表。故郷の伝統工芸や観光地とのコラボレーション、クリエイティブ集団『81BASTARDS』の一員などその活動は多岐に渡り、独特な世界観を拡げ続けている。

曲線を用いた独特な抽象表現で、空間と絵画を共存させる。それが、ペインター・MHAK氏が大切に育んできた持ち味だ。これまでに個人邸や内装壁画をはじめ、Levi's(リーバイス)などの大手ブランド、故郷の会津若松を中心とした伝統工芸品や観光地とのコラボレーションを次々と実現させてきたMHAK氏。

クライアントからの要望によって描く対象を変えるデザイナーとは異なり、彼はどんな対象でも自分のパターン一筋だ。そんなMHAK流のスタイルがどのようにして生まれたのかを、紐解いてみたい。


個性を残したまま空間に調和させる、絶妙なバランス


WALL PAINT / Levi’s®Store Harajuku, Tokyo /2014

――MHAKさんが抽象表現にこだわったスタイルを確立されているのは、なぜですか?

抽象表現じゃないと、インテリアにハマらないと思うんです。たとえば空間に対して花や動物の絵がバーンと書かれていたら、僕はその絵に違和感を感じてしまう。そうならないために、いかに空間に調和させるかを大事にした結果、抽象表現にいきつきました。

――それがつまり、「空間と絵画を共存させる」ということですね。

はい。よりマッチさせるために、必ず空間の色味と絵画の色味を合わせるようにしています。それは個人宅でも店舗でも同じ。絵画そのものの個性を残したまま、空間と一体化させるというか。それが空間と絵画を共存させることだと考えています。


ZIMA | Open to Change / 2015

――これらの抽象表現は、どのようにして生まれたのでしょう?

気持ちいいと感じるままに書いていたら、いつの間にかこんな表現になりました。完全に感覚ですね。

――このパターンは複数あるんですか? それとも一つ?

僕の場合は一つですが、時とともに形が変わって進化しています。最初はLevi'sのデザインのような丸っぽい形だったのが、最近はZIMAのような丸を半分にしたような形に変わりました。やっぱり同じパターンばかり書き続けていると、そのうち飽きが出てくるので。そこから進化させるのが毎回、自分との戦いなんですよね。

未来を開く転機となったアメリカでの初個展

――MHAKさんがペインターを志したキッカケを教えてください。

僕のキャリアの始まりはファッションデザイナーなんです。ファッション関係の学校を卒業してストリート系のブランドに所属。そこでグラフィックデザインも含めてやらせてもらっていたんですが、求められているデザインがちっともクリエイティブなものじゃなかった。結局、ロゴが中央にドーンと入っているもののほうが売れるんですよね。

それをやり続けることに飽きてきて、自分が好きなようにやるためには独立が早道だなと安易な考えで、フリーランスになりました。ファッション業界には自分よりもカッコいいものをつくれる人がたくさんいたので、それならアートに振り切ろうと思って。

――アート一本に絞ったうえで、どのように仕事を広げていったんですか?

最初はファッション業界のつながりから、Tシャツのグラフィックデザインとか、ちょこちょこ仕事をもらって。でも、それだけじゃ全然食べていけなくて、どん底に……(笑)。当時はいろいろ別のこともやりながら、生計を立てていました。

転機になったのは、2007年にアメリカで開催した初の個展でした。アメリカのギャラリーから、いきなり「個展をやらないか?」って電話がかかってきたんですよ。

――それはすごい! 個展デビューがアメリカだったんですね。

でも、その個展で思いっきり鼻をへし折られました。絵画って高いイメージがあるじゃないですか。だから自分の絵に30万円とか高い金額をつけたんです。そうしたらギャラリーのオーナーに「おまえはバカか!?」と一蹴されて。「無名のアーティストの作品を、誰がこんな高値で買うんだ!?」って。オーナーの指値で、30万円の絵が3万円に変わりました(笑)。でもおかげで次から次へと作品が売れ、他のギャラリーからも個展の誘いをもらえるようになったんです。

――そこから、アルゼンチンやオーストラリア、ミラノ、北京と海外で活動の幅を広げられたんですね。

海外で個展をするとなると、現地に数カ月間滞在して制作することになるので、絵描き仲間やギャラリーの人たちなど、国境を越えた人脈が増えるんです。そのつながりから、どんどん仕事が舞い込むようになりました。アートだけで食べていけるようになったのは、30を過ぎてからでしたね。

インスピレーションを頼りに、縦横無尽に壁を埋めていく


WALL PAINT /ATELIER CŒUR D’OR , Tokushima /2012

――アーティストの世界は一筋縄じゃいかないんですね。現在は、どんな基準でお仕事を請けているんでしょうか?

相手がどれくらい僕を求めてくれているかを一番大事にしています。本当に僕のデザインを必要としてくれているかは、相手と話していればすぐわかりますから。情熱を感じられない相手だったら、正直に「僕じゃなくてもいいと思います」と伝えてお断りします。そうじゃないと、後でトラブルになることがあるので。

――制作のプロセスとして、内装壁画のような大きなものは、図面上でデザインをつくってから壁に描かれるんですか?

基本的には、いきなり壁に書きます。その空間に入ったときの自分の目の流れとか、インスピレーションのままに手を動かす感じ。

――下書きなしですか!? それは驚きました!


WALL PAINT / Spanish&Bar LUZ, Tokyo /2012

このレストランも、ラフなしで直接壁に書きました。大きなホテルなどは、一度ラフを提出しないといけない場合もあるんですが、そういった縛りがない限りは、感覚で書かせていただいています。ラフを描いても、そこからちょっとアレンジを加えてしまう場合もあるんですけどね。


WALL PAINT / PILE TOKYO STUDIO, Tokyo /2014

――事務所のアート(上写真)も、インスピレーションのままに?

そうですね。この絵が入ったことによって、シンプルだった空間が全体的に引き締まって見えますよね。感覚で描いたほうが、クライアントの頭のなかに完成図がないので、気負いせず楽に描けるということもあります。

(取材・文 小林香織)

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