matsushima-2-1
2018-01-23

大道芸で貯めた30万でアジア放浪の旅へ。
松島駿毅氏のライフストーリー後編

SAHRE on

松島駿毅(まつしま しゅんき)
1993年福岡県生まれ。2016年1月、。同年4月、日本文化が体感できる「Kawaii CAFÉ」をにオープン。で唯一、浴衣が着られるとして注目を浴び、連日多くの若い人が訪れる。2018年以降、セブ市内でのの移転及び、浴衣やコスプレ衣装での出張撮影サービスを本格化させる予定。

昔から人に憧れていたという松島さんはで訪れたに惚れ込み、大学を休学し大道芸で資金を貯め、。さらに、アジア放浪のへ出発する。その後、日本に戻り大学を卒業したものの、セブが忘れられずを決意。感情を道標に自由に生きる松島さんが選んだ道は、活気あふれる刺激的な国・で新規事業を始めることだった。

――初めてを訪れたのは、いつでしたか?

大学2年生のときに、1ヶ月の短期プログラムに参加したことがキッカケでした。格安で海外ができるということで「おもしろそう!」と参加したら、に暮らす人々の熱気や街の空気感に魅了されてしまいました。日本に帰ってから、セブがやたらと恋しくて、「戻りたいな」と思ったんですよね。

――それで大学を休学してまで、セブにしたと。

1年間休学し、1カ月で資金を貯めてセブへ来ました。現地で語学学校のインターンを5カ月やって、その後は4カ月ほど東南アジアを放浪したのです。昔からずっと人に憧れていて、自由に生きる彼らが僕のロマンだったんです(笑)。


・コロンストリートにて

――の資金は大道芸で貯めたとのことですが、そこまで稼げるものなのですか?

最初は100円均一のお店で豚の貯金箱を買って、路上で募金活動をしていたんです。「僕は人になるのが夢で、その夢を叶えるために協力してください!」って。今考えると、ほんとにアホだなって思いますが(笑)。1日中募金活動して集まったのは、わずか500円。これじゃあ1カ月で目標の30万には到底到達しないってショボくれていて、たまたま隣に座っていた知らない女の子に「どうしたらお金が貯まるんだろう?」って悩み相談して(笑)。
そうしたら、その女の子が「バルーンを始めてみたら?」って。「それだ!」ってピンときて、翌日から1週間引きこもってひたすらバルーンの練習に明け暮れました。彼女は大道芸サークルの女の子だったんですけど、きっと僕がその言葉を本気にするなんて思わなかったでしょうね(笑)。

――そのバルーンが功を奏したのですね。

はい、バンダナを巻いてベストを着てプロっぽい格好をして、音楽をかけてノリノリでバルーンを作っていたら、人がどんどん集まってきて。心のなかで思わずガッツポーズしました(笑)。結果、2週間で目標の30万円の資金集めを達成することができたんです。

――すごい!なんだか夢がある話ですね(笑)。東南アジアのでは、どんな発見や出会いがありましたか?

色々な国を訪れましたが、一番印象に残っているのがミャンマーです。なんだか江戸時代の日本みたいな、なつかしい雰囲気で落ち着くんですよね。あと、ミャンマーでは男性も女性も「ロンジー」と呼ばれるロングスカートのような民族衣装を着て、顔に「タナカ」っていう名前の色付きの日焼け止めを塗るんですよ。その姿がめちゃくちゃかわいくて。
ミャンマーではある現地人の女性に惚れて、猛烈にアプローチしましたが、「あんたは髪の毛が長いから嫌」って言われて(笑)。当時は長髪にして後ろで1つにしばる、人っぽいヘアスタイルをしていたんです。翌日、髪の毛をバッサリ切って、現地人と同じようにロンジーを巻いて顔にタナカを塗って、もう一度彼女に会いに行きましたが、結局その恋は実らないまま終わりましたね(笑)。

――積極的ですね。国境の垣根を軽々飛び越えていく感じ。そんな松島さんが、で「Kawaii CAFE」をオープンするに至った経緯が気になります。

キッカケは、に住む現地人の友人に「日本の浴衣を着たいけど、では買える場所がない」と相談されたことでした。では5年ほど前から盆踊り大会が開催されていて、彼女は浴衣を着て大会に参加したかった。でもセブでは浴衣が手に入らなかったので、日本人である僕にメッセージを送ってきたのです。

ちょうど僕はそのとき、東南アジアのを終えて日本で大学生活を送っていましたが、彼女を喜ばせようと思ってサプライズで浴衣を買って、現地に持って行ったんです。そうしたら彼女は心から喜んで、その浴衣を着て嬉しそうに盆踊りに参加していました。そのときに「すごくいいな」って思って、浴衣が着られるの計画を練り始めました。僕にとって、適度なゆるさと活気があるセブが肌に合っている気がしていたので。

その後、ありがたいことに事業に出資してくれる協力者が見つかって、大学卒業後にセブに移り、出店する場所を見つけて3カ月で準備して、トントン拍子でのオープンにいたりました。人をターゲットにしているため、外国人があまり来ないようなローカルな場所を選びました。

――3カ月でオープンとはスピード感のある展開ですね。苦労も多かったのでは?

苦労……実はあんまり感じてないんですよね。なんだかんだ協力者がたくさん現れて、かなりスムーズにオープンできた感じで。壁のペイントは地元の系の学生が無料で書いてくれたんですよ。「日本文化を体感する」というのコンセプトに合わせて、イラストは桜をモチーフにしています。

――日差しがたっぷり入る明るい空間に仕上がっていますね。

そうですね。誰もが足を踏み入れやすいようなオープンな雰囲気にしたくて、インテリアはホワイトやベージュ、木目調などやさしい色味をメインで使いました。

――来年以降はどんな展開を考えていますか?

現在のをセブ市内へ引っ越しする予定です。そして、事業をやや縮小して、出張撮影サービスを拡大させたいなと思っています。


photo by Kawaii cafe

――出張撮影サービスというのは?

セブの人たちは日本人以上にセルフィー大好きなんです。だから、以外の場所にフォトブースを設置して、衣装とプロカメラマンを用意し、その場で撮影できる出張撮影サービスは需要があるんです。さらに、撮影した写真を1冊のアルバムにするのもいいなと思っています。そのサービスをパッケージ化して、日本関係の企業にアプローチしていきたいですね。企業側にとっても、いい宣伝ツールになると思っています。

――最後に、松島さんの理想のライフプランを聞かせてください。

僕は「自分のアクションで誰かを笑顔にすること」、そして「」が自分の生きがいだと感じています。この先10年ぐらいかかるかもしれませんが、だけじゃなくて日本文化を広める事業をアジア各国に広げていきたい。僕は毎月各国を転々としながら、経営するを回って「最近どう?」ってスタッフにアドバイスしたりして。そんなふうに、僕のアクションで1人でも多くの人の笑顔を生み出していけたら幸せですね。

Kawaii CAFÉ:https://www.facebook.com/kawaiicafe.japanesecafe/

(取材・文:小林 香織)

PHOTO GALLERY

SAHRE on

KEYWORDS

RELATED ARTICLE

セブ島で浴衣が着られるカフェを経営。<br />松島駿毅氏のライフストーリー前編
世界中に「遊べる家」を!セブ島移住で無料ゲストハウスを運営する千原龍一
お笑い芸人が運営するセブ島のゲストハウス。宿泊無料の素敵な理由とは?
なぜアパレル業界へ進出?<br />美容師歴26年・渋谷「bloc」代表山本洋史氏の生き方
DSC_9446
自分たちの、くらしをつくる。<br />あたらしい場所での、あたらしいくらし。

RANKING

FEATURE

FOLLOW US最新情報をお届け!

RECOMMEND

DSC09657

バレエから歌舞伎、そして舞踊家へ。梅川壱ノ助の人生を突き動かす3つの支え